2025年1月6日 ナザレン宣教会 説明会
Zoom録画
https://www.youtube.com/watch?v=sk26-1okJM4
~青の下線(リンク)はクリックすると資料がダウンロードができますのでご利用ください~
「ナザレン宣教会 説明会」プレゼン資料
「ナザレン宣教会」についての解説・最終.pdf
予定-
はじめに
「ナザレン宣教会」とは何であるか?
Manualによる世界の「ナザレン教会」と「日本部会」
参考資料:
『ナザレン教団における各教会の実情調査報告書』(2023年3月配布)
日本ナザレン教団における各教会の実状調査報告書.pdf
はじめに
日本部会の現状
宣教の当初より信徒の訓練、牧師の排出と神学教育に尽力
長所:牧師の説教によって信徒を養う 
<ー> 会衆が牧師を育てる
短所:牧師と会衆との関係性が固定化(新しい人が入れない・入りにくい)
ー>成長期における宣教手法(教勢が落ちてきている時には別のアプローチが必要)
現在は、教団・教会の衰退期にあり、そこからの宣教方法が必要とされている
危機的ではあるが、どこの教団もそこからの教勢回復を実現していない(日本ナザレン教団にとってチャンス)
日本ナザレン教団の現状
わたしたちはどうやって今後5年、10年を活動していくのか?
(現状と同じであれば、状況は確実に悪化する)
日本部会の状況(牧師・信徒の高齢化、信徒数の減少、若い人の減少)
ー>韓国部会・台湾部会等でも程度の違いはあっても共通する課題であるが、日本の状況は他の部会よりも進んでいる
理事会は「意思決定機関」ではなく、年会で決議されたことを実行することが理事会の役割。
日本ナザレン教団の最高意思決定機関は「教団年会」であって「教団としての意思決定は理事会ではなく、年会にある」
そのため「教団が主体となって各個教会をリードする」はそもそも「ことば」としてしか存在しえない。(理事長でなく「総理」であれば可能)
ナザレン教団における各教会の実情調査報告書
是非、お読みいただき、個々の教会で「自分たちはどのように福音宣教を進めるのか」を話し合っていただきたい。
特にp48~50にかけては、この15年近くナザレン教団が年会で議論し、また委員会を作ってどのような議論がなされ、どのような提案がされたかが記されている。
調査報告書p48~50参照
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【 「ナザレン宣教会」とは何であるか? 】
今後、日本ナザレン教団が全体として教勢を上げるには「小さい教会が大きくなる必要(そのための取り組みの必要性)」がある。
教勢の弱い教会において、「各個教会で何とかする」は不可能。
しかし、かといって「教団が主体的に」ということも不可能。
小さな教会単体では何もできないかもしれないが、「日本ナザレン教団」という枠組みにおいて協力することが、わたしたちに可能な唯一の方法である。
そこで、
ナザレン宣教会は「牧師と信徒が共に協力して、男性・女性といった旧来の枠組みから自由に、個々のナザレン教会の宣教を前進させるための、新たな枠組み」である。
これまでは「各個教会主義」という考えの下に、教会内における組織化・教団における組織化が進められてきたが、今後はこれまでの縦割り行政のようではなく、「日本ナザレン教団」というアイデンティティの下に、個々の教会が互いに連携しあい、助け励ましあうことによって、個々の教会の宣教が強化され、個々の教会の宣教の強化が地区の宣教活動を強化し、最終的にそれが「日本ナザレン教団」全体を強化することになる。
クイズ (これはナザレン宣教会で扱う「テーマ」の一つとして、どういうことを具体的に行うかの試行例です)
「宣教」とは何か?
(教会の中の考え方)「福音を語ること」「礼拝こそが教会の最大の宣教方法」
(教会の外の考え方)「礼拝・教会は自分たちには関係の無いもの」「クリスチャンの人だけが行くところ」「クリスチャンの人が行うこと(自分たちは参加してはならない)」「伝道とは洗脳のことである(統一教会問題、宗教二世問題等)」「キリスト教は一神教で、戦争を起こす宗教。仏教は戦争をしない。」「毎週日曜日に教会に行かなければならないというノルマが嫌だ」
☆両者には「大きな認識の違いがある」
今、教会の宣教に必要とされていることは「認識の差を埋めるための教会の取り組み」
誰もが、最初からクリスチャンではない
(外部の方に対する)丁寧な誘導・案内が無ければ、キリスト教に無関心の人は教会には来ない。まして信仰を持つようにはならない。
「神さまの導き」は「神さまにすべてを丸投げすることではない」
「祈り」は「実際の行動への第一歩」
「祈り」と「行い」ー>「信仰は信・(祈り)・行」
「ナザレン宣教会」は「個々の教会だけでは不可能」な宣教の可能性を共に「祈り」、話し合いをし、「具体的な行動へとつなげていく」ための、新しい「枠組み」である。そのため「ナザレン宣教会」という「会活動」を目的としない。
~参考事例~
五井教会・写真.pdf
五井教会の玄関の写真を利用して、新来会者をどのように「導く・案内する」かを考えましょう。
(写真1・2 教会玄関前の歩道)五井教会の玄関は道路・歩道に対して90度の角度であり、道を行く人は「前方を見て歩く」ために、「視界から外れてしまった看板・案内」などは見過ごされてしまうことがある。(たとえば、五井教会の立て看板は人の視点よりも高い位置にあるため、遠くからは視認できるが近くにくると視野からは外れてしまう)
(写真2 教会玄関前の歩道)そのため、歩道を歩く人の視野に入る位置に「案内看板・歓迎看板/ウェルカムボード」のようなものがあると、教会の玄関のところで足を止めていただくことが可能になる。
教会の玄関前は、新来会者が直面する最初の関門であって、玄関前に立つ人が、「入ってみたい」と思うような案内表示が必要になる。たとえば「ご自由にお入りください」という言葉は、「入る・入らないの判断を来会者にゆだねることになるので、丁寧で優しい表現ではあるが、「入っても入らなくてもどっちでも良い」と教会の「歓迎の気持ち」を見る人に与えない。むしろ「ぜひお入りください/心より歓迎します」というような積極的なアピールのことばの方が望ましい。そうであれば、信徒一人一人も「新来会者を歓迎する(接待)」をしなければ、「口では歓迎しているが、態度でどうでも良いと思っている」というような悪い印象をあたえかねない。人は「歓迎され」て怒る人はおらず、「相手に対する過度の配慮」はむしろ逆効果になることを考慮する方がよい。
(写真3 教会の玄関前)教会の「集会案内」などの内容について「現状と一致しているか」については特に注意を要します。牧師の名前が違っていたり、既に行われていない集会が掲示されているなど、牧師の名前のように変更があるような内容については簡単に変えることのできない看板には印刷しない方が良い。逆に変化があるものについては、積極的にアピールをする方が良い。
(写真3 教会の玄関前)教会の玄関は「教会の顔」であり、常に「新来会者を歓迎する」意味において、清潔に保つことが重要。植栽など、日頃の手入れが難しいようなものはむしろ手入れのしやすく、管理しやすいものにする方が好印象を与えることになる。
(写真4 教会の玄関)教会員は慣習的に「教会の玄関が開いているか閉まっているか」を知っているので、玄関を開けることを躊躇することは無いが、「新来会者が玄関を一目見て、教会が開いている」ということを認識できるようにしないと、たとえ教会員が「歓迎します」という心を持っていたとしても、「言っていることと、やっていることが異なる」という話になってしまう。「新来会者を歓迎する」ためには、「一目見て、玄関が開いており、中に入ることが求められている」ことを認識できなければ、教会の玄関が玄関の用を為していないということになる。
(写真5 教会の玄関の「OPEN」看板) ちょっとした工夫だが、「OPEN」看板のある・なしで、玄関が開いている・閉まっているかを来会者が認識できるようになる。また、先ほどのように「どうぞお入りください。」というような目で見て理解できるような案内のことばがあると、来会者は迷うことなく中に入ることができる。
(写真6・7 説明会では未使用の写真:参考 のぞみサポートセンター市原(旧・牛久教会)) 現在、五井教会では月に1度、のぞみサポートセンター市原のご厚意によって、「牛久フェローシップ礼拝」を行っています。2年前まで、慣習的に金属製の門扉を閉めた状態で、センター2階突き当りの部屋で礼拝を持っていましたが、「新来会者を迎え入れる」という観点が全くないことに気づき、少し前からフェローシップ礼拝の時には門扉を開けた状態にし、コンクリートの門柱のところに集会を行っている旨を書いた看板を設置し、また建物入り口のところにも、初めての人が迷うことなく礼拝堂まで一人でも行けるように案内表示を準備するようにしました。(もちろん、それで直ぐに新来会者が来るわけではありません。まずは集会が行われていることが外から分かるようにすることの取り組みを進めています)
(写真8・9 集会のチラシ) 「特別伝道集会」「聖会」と言われれば、わたしたちはそれがどういう内容の集会であるかすぐに理解できますが、教会の外の人はそれが理解できないし、イメージすることもできません。こうしたチラシにおいて大切なのは、「来会者が自分の中のことばでイメージできる内容である」という点が重要であって、「教会の中で使われるようなキリスト教の専門用語は避けるべき」です。こうしたチラシは「一目見て、何をやる集まりであるのか、クリスチャンでない人でも理解できる(何をやるかではなく)」という点が重要であり、そうした人たちが教会に足を踏み入れるようになり、そこにおいて教会員が来会者と友人関係になることを通じて、福音を証ししていくことが可能になります。そのため「福音を証しするため」には、まずはそうした人たちと「知り合いになる」というプロセスは省略することができず(もちろんそれ以外の理由で教会に来るようになるケースもあります)、わたしたちが確実に新来会者を信仰へと導くためには、こうした「知り合いになる」以前のプロセスが重要であるということです。
Manual による世界の「ナザレン教会」と「日本部会」
Manualによる世界の「ナザレン教会」はどういう仕組みであるのか?
世界のナザレン教会において、「日本部会」とはどういう位置づけであるのか?
~PDF資料参照~
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その他 参考資料(以下は、説明会において使用しませんでしたが内容を補足するための参考資料です)
神の宣教を担う教会として.pdf  2012年1月 ナザレン宣教プロジェクト基礎資料
01教団規則.pdf  教団年会や理事会の働きについて定めたもので、この内容は日本国内における「宗教法人法」をベースにしている。教団年会や理事会はこの規則に基づいてその範囲の中で活動を行うよう規定されています。
71Manual 2005-2009 日本語版.pdf  『Manual』の日本語訳
2023 Manual.pdf  2023年時点の『Manual』。この『Manual』は世界における「ナザレン教会」の歴史・組織・役割などを定義したもので、「世界総会(Genaral Assembly)」において内容の改定が行われる。日本ナザレン教団は『Manual』に基づき、その内容に準ずるかたちでその他の日本国内における内規を定めている。
ナザレン宣教会 経緯説明について - rijikai2023.pdf 2009年から2023年の第76回年会までの日本ナザレン教団における一連の流れをまとめた資料です。
もっと教会を行きやすくする本・八木谷 涼子著・キリスト新聞社(高圧縮).pdf 「クイズ」で説明した内容は本書の内容によるものです。現在、同書は絶版で取り扱いされておりません(古書店にあるかどうか)。そのため永野の個人所有のものをデータ化したものです。第三者への転送はご遠慮ください。